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hisariのメガネ屋さん日記

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離れる距離はいくら遠くても

離れる距離はいくら遠くても

仕事だもの、わかってるわ。
物分りのいい女を演じるのは、本当は苦手なのに。
いったい何時帰ってくるか、実のところ良くわからないんだという貴方の言葉に私はニコリと笑っていった。
私が仕事を持っていなければ、付いて行くと言えたのに。
ここで待っているわという私に、貴方は仕方ないなと笑っていった。



成田を発着する便は世界中のどこの空港よりも正確で、出発時刻を1時間も遅れるなんてことが当たり前のように起きているヨーロッパのある国に比べると、それこそ奇跡のように狂いもなく搭乗手続きが進められていく。
「気をつけてね」
それしか言いようのない、ありきたりの言葉に。
「お前もな」
返す言葉も、なんのひねりもない普通の会話の延長で。
お互いが顔を見合わせて、他に言うことが見つけられずにただ黙っていた。
半年か一年か、行ってみないと解らないという仕事なんて、どうして貴方が行かなくちゃならないの、とか。
私を一人で置いていって、本当にいいと思ってるの、とか。
言いたいことはたくさんあるのに、ただ黙っていた。
「明日は必ず来るんだからさ」
だから明日になればって思っていれば、そのうち一年なんてあっという間に過ぎるさ、なんて言うけれど。
だったら。

明日なんて来なくていいから。

今このときで止まってくれたっていいんだから、このままこうしていたっていいんだから。

・・・・・なんて、言わない。

「これ、餞別」
ぱっと渡したのは、むき出しの腕時計。
「なんだ・・・・・時計?」
「そう、右側は日本時間にあってるから。左側は着いたらそこの時間に合わせて」
横に長いその時計は”デュアルタイム”表示が出来る。だからこれを選んで持っていってもらおうと思った。
いつでも日本の時間と、私の時間と一緒に居て欲しい。そう思って。
離れる距離がいくら遠くなっても、私と一緒に居て欲しい。そう願って。
手を上げて、背中を見せて歩いていく貴方をいつまでも見送っていた。



ふと見上げた青空の真ん中に、飛行機が飛んでいた。
まさかあれに乗ってるなんてことはないよね、と思いながらそれが小さくなって見えなくなるまで
その場に立っていた。
ずっとずっと、空を見上げたまま立っていた。





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